読むだけでコツがわかる!AO入試自己PR例文集

読むだけでコツがわかる!AO入試自己PR例文集

AO入試の自己PR例を紹介します。

自己PR例文(ホームステイ)

私は3週間アメリカにホームステイをしました。当初は、現地の人々の話している事を聞き取ることができず、上手く意思疎通ができませんでした。しかし、現地の人々は日本の文化について関心を持ってくれる人が多く、積極的に日本について情報提供することで交流することができました。そうすることでヒアリング力も向上し、帰国後、毎日1時間の英語の勉強を欠かさず、英検準1級を取得できました。これからも日本では出会うことがなかい人たちと接し、新しい文化を知りたいと考えております。

自己PR例文(ディベート部)

英語ディベートチームの部長として、県大会1位に導き、5年ぶりの全国高校生英語ディベート大会に出場することができました。そのためには相手チームそれぞれの特徴や弱点を必ず事前に掴むこと、そして、情報収集を全員で取り組むことにしました。そうすることで、部内で一体感が生まれました。3年間の部活動を通じて、英語能力が上がるだけでなく、言いたいことを分かりやすく、相手に伝える力も身につきました。

自己PR例文(性格)

どんなことも笑いに変えることを心掛けている。一番象徴的なのが、高校3年時に新入生全員の前で披露した一発ギャグである。新入生たちは新しい環境にまだ慣れていないのか、緊張しているのが伝わっていた。そのような中、これまで類を見ない程にギャグが滑ってしまい、これ以上恥ずかしいことはなかった。しかし、新入生にもそれが伝わったのか、緊張がほどけていたようでうれしかった。

自己PR例文(茶道部)

茶道部に所属し、茶道の世界発信を提案し、英語解説付き茶会を企画しました。そのためには課題が2つありました。①消極的な後輩の協力を得ること。新規部員獲得に繋がると後輩を3週間説得して協力を得ました。②英語解説の作成すること。茶道の道具やそこに根付く日本文化を英語で表現できるよう、作法や英語を勉強し直しました。 この結果、多くの外国人の方をもてなすことができました。

自己PR例文(留学)

高校1年生の時に、アメリカで1年間留学をしました。小学生の頃から英語を勉強しており、海外生活への興味と英語力を向上したいという想いから、中学生の間に自ら仲介企業を探して留学を決意しました。英語力をネイティブレベルにするという目標を掲げ、1年という限られた期間を存分に活かそうと、勉学や課外活動に積極的に参加しました。5つの部活動に所属し、ボランティア活動などで地域の方々との交流も大切にしていました。アメリカ人の友人に「ここまでペラペラになる人は初めて見たよ」と言われた時はとても嬉しかったです。

自己PR例文(競泳)

競泳の選手として、 小学校1年生から約12年間続けたこと。関東・全国大会などの舞台で結果を残すことを目標に、毎日の厳しい練習やトレーニングに打ち込みました。フォームを分析し、課題を少しずつ改善するという地道な繰り返しでしたが、目標の舞台で結果を残す自分の理想の姿を常に思い浮かべることでモチベーションを高く保ち、努力を積み重ねました。結果として全国大会に出場し、種目別でベスト4に入りました。

自己PR例文(受験)

私は「できないことを謙虚に、素直に受け入れる」ことを大切にしています。高校受験に他人に教わらず、弱点から目を背け続けた自己流の勉強で失敗したことがあります。高校では同じ過ちを繰り返さないよう、志望校に合格した人や教師に意見を求めることを徹底しました。具体的には毎日1時間予習復習を行うこと、不明点があれば、その日に教師に教えて頂くことを徹底し、弱点を克服しました。その結果、第一志望に合格することができました。これからも困難に直面した時こそ人の意見を素直に聞き、謙虚に努力することを大切にしたいです。

自己PR例文(野球部)


私は目標達成に向けて粘り強く取り組み、周囲を巻き込みながら成果を出すことができます。野球部ではレギュラーを取ることを目標に掲げて取り組みました。中学時代にも野球部に所属していたのですが、ほとんど試合に出られなかったからです。しかし、懸命に練習に取り組んだものの、怪我によって大会でプレーできなかったことがあります。焦りを感じることもありましたが、自己中心的になるのではなく、チームにどのように貢献するかを考え、個人の練習だけでなく裏方の仕事も積極的に行いました。そして、3年生の時にレギュラーを獲得し、キャプテンにも選ばれ、チームを牽引し、県ベスト8の成果を出すことができました。

自己PR例文(放送部)

放送部の部長を務め、学校行事の音響を担当したことです。その際、部員それぞれに仕事を与えて動かすことの難しさを実感しました。最初は自分でできる仕事を全て一人で対処していました。しかし、そうすると思うように業務が進まず、むしろ部員に仕事を分散させ、私は余裕を持って全体を俯瞰する立場にいるべきだと気がつきました。そこで、事前に各自の役割を相談して決め、部員が仕事を滞りなく行えているか、全体のサポートに徹しました。すると業務が滞りなく進むようになりました。この経験からリーダーとは皆が自分の役割を果たせるよう支えることだと学びました。

自己PR例文(剣道部)

剣道部で県大会出場し、団体戦で関東大会出場を成し遂げたこと。入部してから2年間は選手になれず、どうすれば選手になれるか考えていました。「得意技が決まる確率を上げ、負けるリスクを最小限に抑えること」が重要だと考え、稽古後に毎日500回以上素振りをして得意技を磨き、負けた試合は繰り返し動画で振り返って原因を分析しました。その結果、3年時には選手に選ばれ、個人や団体で賞を頂くことができました。

自己PR例文(バスケットボール部)

私の高校のバスケットボール部は平均身長が190センチもあり、184センチの私でもチームの中では小さい選手だった。アメリカの高校では今までのプレースタイルは全く歯が立たず、試合ではベンチで座っていることが多かった。そこで私は外からシュートを打つポジションであるシューターとしてなら活躍できると考え、毎日1000本のスリーポイントシュート練習を日課にして継続した。その結果、チームのスタメンとして試合に出場でき、地区大会優勝を成し遂げることができた。