序章:登場を拒んだカリスマ経営者
「私の履歴書には出ない。」
そう言って生涯、自らを大きく語ろうとしなかった経営者がいました。
スズキを世界的メーカーへと押し上げ、「軽自動車の父」と呼ばれる男——故・鈴木修氏です。
彼が生前に残した著書は、唯一『俺は、中小企業のおやじ』だけ。取材や出演にも慎重で、謙虚さと同時に、どこか職人気質の頑固さを感じさせます。
しかし、そんな彼の素顔と決断の裏側を35年間にわたり追い続けたジャーナリストがいました。
その記録が、永井隆氏の著書『軽自動車を作った男』(プレジデント社)です。
第1章:破天荒でいて、緻密な男
本書に描かれる鈴木修氏は、ただの経営者ではありません。
アルトやワゴンRといった大ヒット車を生み出すマーケティングセンス、会社を幾度もの危機から救った交渉力。そして何より**「一度会えば忘れられない」人間的魅力**を持っていました。
戦中派世代らしい胆力と決断力、銀行員出身ならではの数字への細やかさ、そして地元・下呂温泉のお湯のような温かさ——。
加えて、「一回の会見で3度笑いをとる経営者」と呼ばれた話術も武器でした。
功も罪も包み隠さず描かれたこの評伝からは、勝者の美談だけではない、生身の経営者の姿が浮かび上がります。
第2章:赤字は悪——経営哲学の核
鈴木氏は、常々こう語っていました。
「経営にとって、赤字は悪である。」
黒字でいること。それは単なる利益追求ではなく、意思決定の自由を守るための条件でした。
ある関係者はこう証言しています。
「スズキは黒字だから、浜松で決められる。赤字になったら、決定権はデトロイトやパリに移ってしまう。だから黒字でいることが大事なんだ。」
元銀行員だった鈴木氏は、キャッシュが尽きたときの恐ろしさを知っていました。
会社は借金で倒産するのではない。資金がショートし、支払い不能になった瞬間に終わるのだと。
この現実感が、彼の経営哲学を支えていました。
第3章:角張ったクルマと、角張った信念
商用車「ジムニー」で成功した経験を持つ鈴木氏は、その後「アルト」を商品化。
さらに1993年には、大ヒット車「ワゴンR」へとつなげます。
どちらも角張ったデザインが共通しています。
しかし、その根底にあったのはデザイン嗜好ではなく、「お客様の便利さ」を最優先に考える姿勢でした。
「モノづくりは、ユーティリティー(使い勝手)を基準に発想する」——。
これは今も通用する、顧客起点の考え方です。
第4章:価格革命——アルト47万円の衝撃
当時の軽自動車の相場は60万円台。
そこに鈴木氏は全国統一価格47万円という数字を叩き込みます。
この価格設定は業界を揺るがしました。
ただ安いだけではない。「必要な価値は落とさずに、買いやすい価格」を実現したことが、市場での勝利を呼び込みます。
第5章:インドとの交渉劇
インド市場への進出を巡るエピソードは、鈴木修という人間の交渉術をよく表しています。
インド政府から求められた出資額は、35億円〜40億円が限界と踏んでいた鈴木氏に対し、実際はさらに高額。
彼はこう言い放ちます。
「金も出せ、技術も教えろというなら、名古屋か横浜に行ってくれ。
田舎の人間が一番信用できる。技術は100%教える。ただし田舎には金がない。」
この率直さとユーモアが、相手の心を動かしました。
結果、スズキはインドで圧倒的なシェアを築くことになります。
第6章:八百屋のエプロン——商売の原理原則
営業本部長時代から、鈴木氏が業販店に繰り返し語ってきた話があります。
「八百屋のオヤジさんは、二つポケットのあるエプロンをしている。
朝10万円分を仕入れたら、売上が10万円になるまでは右のポケットだけに入れる。
超えた分は左のポケットに入れ、そこからは自由に使っていい。」
これは資金管理の原理原則。
まず元手を守り、利益で勝負するという商売人の心得です。
現代のビジネスパーソンにも、そのまま応用できる考え方ではないでしょうか。
第7章:リーダーに必要なもの
本書を通して見えてくるのは、数字に強く、現場を知り、人を大切にするリーダーの姿です。
もちろん現代では、当時のような義理人情だけでは通用しません。
しかし、時代が変わっても必要なのは、状況を見抜く目と、危機を乗り越える胆力。
これは就職活動中の学生にも通じます。
面接や選考で求められるのは、表面的な経歴ではなく、「この人と一緒に仕事がしたい」と思わせる人間力だからです。
終章:自分の中の「修さん」を探す
鈴木修氏の人生から学べるのは、派手な戦略や幸運ではありません。
日々の数字への意識、現場への敬意、人間としての誠実さです。
就職活動中のあなたにも、きっと自分なりの「47万円のアルト」があるはずです。
それは、他の誰も真似できない、あなたの価値。
自分の強みを知り、それを守り抜く。
この覚悟こそが、どんな時代でも通用するリーダーへの第一歩なのです。